ドライバーの持病の悪化は本人の責任か?
軽井沢で発生したスキーツアーバスの事故を端緒として、
今、バス業界、トラック業界を問わず、安全管理についての議論が再燃しています。
事故後にマスコミから運送会社に浴びせられた容赦ない質問
「健康状態に問題はなかったのか?」
「過労運転ではなかったのか?」
「車両の点検整備は適切に行われていたのか?」
「安全な運行経路を指示していたのか?」
「安全教育をしっかり実施していたのか?」
事故を起こしたドライバーが65歳だったこともあり、
健康状態に問題があったのではないか、との憶測を呼びました。
この事故以降、ドライバーの体調不良による事故が多いことが
世間に知れ渡ることになりました。
「ドライバーに対する健康管理」。
これからの運送会社の最重要テーマです。
そこで5回に渡り、運送会社の健康管理についてお話をさせて頂きます。
運送会社の健康管理は大きく分けて2つ。
中高年ドライバー(40歳以上)と若年ドライバー(40歳未満)の2対策になります。
今回と次回は
“中高年”ドライバー対策についてです。
脳、心臓疾患による労災認定件数がワースト1業種(平成26年度厚生労働省統計)。
それが運送業なのです。
脳・心臓疾患になる原因で多いのが、高血圧です。
たかが「高血圧」と思いがちですが、
運が悪ければトラックを運転中に発作を起こし、重大事故の発生、
という最悪のシナリオも考えられます。
高血圧などの持病をもつドライバーの対策は急を要します。
持病ドライバーの安全対策についての重要参考資料
九州のある運送会社のドライバーが業務中に死亡した事故に関する判決です。
事故は
“高血圧の治療中だった”ドライバーが、いつも通りトラック内で食事をし、仮眠していたところ、同僚に意識不明の状態で発見され、救急搬送されたが死亡した、という内容です。
この事故で遺族(妻)が労災申請をしましたが、労災認定されませんでした。
そこで、労災認定を求めて遺族が国に対して裁判を起こしたところ、労災認定されたのです。
裁判の焦点はただ1つ
死亡原因が、業務上(過重労働)によるものか、単なる持病の悪化なのか、です。
果たして裁判官はどう判断したのでしょうか?
「ドライバーの死亡は、
本人が発症前に従事していた過重な業務によって蓄積された疲労が、
本人にもともと存在していたリスクファクター(持病である高血圧等)と相まって、
本人の健康状態をその“自然の経過を超えて”著しく増悪させ、
その結果として生じたものと認めるのが相当である」
要約すると
「過重労働が主な原因で、持病の高血圧の悪化するスピードが早まったことで
心臓発作を起こし死亡した」
ということなのです。
この判決によると
ドライバーの持病であっても、
時間外労働が1ヶ月80時間以上(過労死ライン)の場合、
1日の拘束時間が13時間超、1ヶ月の拘束時間293時間超の場合、
過労が原因で“通常よりも早いスピード”で持病が悪化して死亡した、
と判断される可能性が高いことが分かります。
労災判決を受けて運送会社として今すぐ実施すべきこと
1.健康診断結果で“異常あり(特に高血圧、高血糖)”のドライバーの抽出。
2.1ヶ月の時間外労働が80時間以上のドライバーの抽出。
3.上記1、2の両方に該当するドライバーの抽出。
です。
上記3に該当するドライバーの4対策
a.1ヶ月の時間外労働を80時間未満にすること。
(判決文:平均81時間前後で恒常的な長時間労働を強いられていた)
b.1日の拘束時間を13時間以内にすること。
(判決文:1ヶ月を通しておおよそ13時間超14時間前後でしたが、疲労を回復するのに十分ではなかった)
c.1ヶ月の拘束時間を293時間以内にすること。
(判決文:295時間でも問題あり)
d.午前4時から5時の時間帯の就労を少なくすること。
(判決文:午前4時から5時の就労は交感神経の働きが一番強くなり、心拍数が増加し、心臓に負荷がかかるため高血圧の持病悪化を早める)
すべてを一気に改善することは難しいでしょう。
ただ、1ヶ月の時間外労働であれば80時間未満の月を増やすことはできます。
1日の拘束時間も13時間以内の日を増やすこともできるでしょう。
1ヶ月293時間以内の月を増やすこともできるはずです。
深夜早朝労働も現状よりも減らすことはできるはずです。
“持病ドライバー”の予防措置。
運送会社の健康管理の最優先対策の1つですね。
記事を書いた人
和田康宏トラック運送業専門コンサルタント
1971年愛知県生まれ。19歳で行政書士試験に合格。
会計事務所勤務後、22歳で行政書士事務所開業。
トラック運送業専門コンサルタントとして20年以上にわたり活躍。
事故時の緊急監査対策、平時の危機管理対策、荷主に指名されるドライバーを育成する仕組み作りなど、運送会社300社超のコンサルティング実績を持つ。
営業停止案件や運輸監査案件に携わった豊富な経験から、どの段階で何を優先し、どのレベルまで改善すべきかを的確に指導できることに定評がある。
「優先順位なき安全管理は徒労に終わる」が持論。
“顧客100%が運送会社”の正真正銘の運送業専門コンサルタントである。
2014年『運送業をしてきてよかった!』をミッションとして、一般社団法人トラック・マネジメント協会を設立、理事長に就任し、活動中。
2代目、3代目のための経営塾、『トラマネ運送塾』も主宰している。